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思うが侭に ただ 綴る

そのとき思った言葉を綴る場所
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世界の終わりに


夏休み半ば。
大量に配られた夏休みの宿題をそろそろこなさないとやばいよなーと思いながらもだれてしまう頃。例年ならば瑞希も同じようにやばいよなーと思うだけで手をつけず後半に痛い目に合うのだが、去年、ぎりぎりになって彼方の家に駆け込んで精神的にも肉体的にも大変疲労したので(それはもう鬼のように彼方は厳しかった)、今年こそは友人の手を借りずに宿題を終わらせようと朝食を食べた後すぐに取り掛かったまではよかった。

「・・・さっぱりわかんない・・・」

「あー!!」と叫びながら教科書に突っ伏す。文系の教科は得意なのだが理数系は、かなり、苦手だ。時計をちらっとみると既に時刻は昼前に差し掛かっていた。今日は珍しく家族は出かけていて家には瑞希一人しか居ない。家族も皆文系(特に古文)は強いのだが理数系はめっぽう苦手であり頼ることは難しい。

「やっぱり彼方に教えてもらうべきか・・・でもなあ・・・しかし・・・」

どうにもこうにも進まず教科書につっぷしてうなった末、

「あっ、そうだ」

いい方法を思いついたとばかりに顔をあげる、そして善は急げとばかりに適当に朝の残りで昼食をすませ、例年のように彼方の家に山のように出された夏休みの宿題を抱えて乗り込んだのがつい先ほどの話。
突然の訪問で会ったが彼方はさほど驚いた様子も見せず、瑞希が持ってきた宿題を見て露骨に嫌そうな顔をした。

「やっ!久しぶり!」
「・・・宿題なら教えないぞ」

口には出さなかったが「面倒くさい」と思っているのが声からも伺えた。
クラスメイトのほどんどは彼方が「面倒くさい」という理由で手伝いを断わったと聞いたら意外だという表情をみせるだろう。学校での彼方は基本的に親切であり、面倒くさいから断るというイメージはほとんど持っていないと思うからだ。断わるとしても何かしらきちんとした理由があり、真面目で気のいい青年というのがクラスメイトの印象だと思うし、瑞希も基本的にはそうだろうと思っているのだが、こちらは付き合いがなまじ長い分少しだけそこからボロというのか、甘えが出ている気がする。
まあそれはそれで理解しているし、こういう反応をみせるということは十分予想の範囲内。
だからその為の対策も考えてきた。

「おみやげをね、もってきたんスけど」

おみやげという言葉に彼方がぴくりと反応をみせたのを瑞希は見逃さなかった。

「チョコレートアイス」
「・・・・・・」
「特価品じゃなくて、高いやつ」
「・・・・・・」
「あとついでに同じメーカーの箱のも買ってきたんスけど」

それから少し間をおいたのち、

「数学とか化学を教えればいいんだな」

という答えが返ってきたので、瑞希は心の中で「よっしゃ」とガッツポーズを決めた。
彼方は甘いものにめっぽう弱いのだ。
それを知っていて買ってきたのだが、ごくごくごくたまに断られることもあるので、今回は少しでも断られる可能性を少なくするために奮発してみたのだが、功を奏したようである。

「よろしく!おじゃましまーす!」

そういって明るい声を上げて彼方の家にあがり、宿題をはじめてから2時間が経過した。

うなることもあったが、宿題は随分とテンポよく進んだ。さすが毎回学年でトップをキープしているだけあるというか、彼方は勉強が教えるのが上手なのだ。だから一人でうなっていたときよりは遥かに効率よく進むことができたが、苦手な分野であるといえばあるのでかなり疲れてきた。ちょうど切りのよいところにさしかかったので休憩しようと持ちかけると珍しく彼方も素直に了承してくれた。
先ほど買ってきたアイスを机を挟んで二人で食べる。
普段ならば終わるまで机にしばられてみっちりとやらされるのだが、今年は夏の終わりじゃなく半ばにきたことがよかったのかもしれない。まあ、うきうきと目の前で先ほど瑞希が買ってきたアイスを食べる姿を見ていると、単純にアイスを食べたくて休憩をいれたのかもしれないが。

(まあ、どちらでもいいか)

そう思いながら瑞希は自分の分として買ってきたソーダアイスをかじる。
冷たくておいしい。
普通のバニラアイスといったものもすきだがどちらかといえば夏はソーダアイスのようなさっぱりしたものが食べたくなる。溶けない内にしゃりしゃりとかじり終えると同時に彼方も食べ終えたらしく至極幸せそうにカップのふたを閉じる姿が見えた。

「本当にすきっスねー。甘いもの」
「甘いものは最高だと重う。俺三食ケーキバイキングでも生きていける」

冗談ではなく本気で彼方は言っている。三食ケーキというのを想像してみたが想像だけでも胸やけがしてきたので「やめときなよ」と適当にとめておくことにした。
適度に釘を刺しておかないと、この友人は本気でやりかねない。

 

縁側の方へと視線を移す。
外では勉強を始めたときからずっと際限なく蝉が鳴いている。
まだ少しだけソーダの味が残る棒をがじがしとかじりながら、視線を庭から空へと移す。
先ほど食べたアイスよりも真っ青な青空に白い雲が浮かんでいる。
明るく綺麗な夏のよく見慣れた空だ。

ふと視線を室内にいる彼方の方へ向けると彼方も同じように空を見ていた。
無表情とも見える表情だったが、それにしてはどこか陰のある表情だった。

彼方の過去に何があったのか、自分はほとんど知らない。

他の友人や周りの人たちと比べるならば、知っている方になると思うが、それでも半分も知っている気がしない。互いの過去については昔から時間をかけてたくさん話をしてきたけれど、それでも彼方の過去というのは大事なところが全部はぐらかされている気がして全然掴めた気がしない。

(まあ、僕らの話が信憑性がなさすぎるっていうせいもあるんスけどね)

自分の話を普通に誰かに話していたとしても信じてもらえないだろう。
似たような体験をしてきたからこそ、まだ、信じられるという話なのだ。

視線を再び空へと戻す。
いつの間にか蝉の鳴声が聞こえなくなっていた。
青い空に白い雲だけが流れていく。


「もしさ、世界が僕と彼方の二人っきりになったらどうするっスか?」


そんな疑問がふと浮かんだと思ったら次の瞬間には口を開いていた。
彼方が「は」と短くいってこちらをみたのと、自分が無意識につぶやいていたことに驚いて彼方の方をみたのはほぼ同時だった。

「えー、と、いや、なんとなくね、ふっと浮かんできた疑問なんスけどね」

何故こんな疑問を声に出してしまったのだろう。自分でもわからなくて頭が混乱している。
彼方は少しだけ天井の方をみてうーんと短くうなったあと、視線を真っ直ぐ瑞希に移して、

「自殺するかな」

とまじめな顔をして答えた。

その衝撃的ともいえる答えを聞いて、これまた自然に瑞希の口からでた答えは「やっぱり」というものだった。

「やっぱりってなんだよ」
そういって彼方が少し笑う。
「いやー、なんでかわからないけどそんな気がしてたんスよねー。・・・というか多分僕もそうするだろうなあと思って」
「まあ、今の状態で突然、世界に二人だけになったとしてもしばらくの間は生きていけると思うよ。人だけが消えたんだとすればまだスーパーとかに食料品はあるだろうし。暑いけど砂漠みたいに暑いわけでもないから日中はこうやって家の中に居て、夜に食料をとりに行くとかでもいいんじゃないかな。幸い夜目は二人とも利くほうだし」
「なんか現実味を帯びてきたっスねー」というと「あくまで仮想の範囲だけど」と彼方は短く答えた。

「多分少しの間なら生きてはいける」
「うん」
「だけど、そうまでして生きてる『意味』はない」
「うん」

世界が二人になった場合、生きてる意味が僕らにはない。

「僕はこの世の中に『家族』が一人もいない地点で生きてる意味はないっスからね」
「そこはまあ、同意するな」
「いろいろとめんどくさいと思いながらも結局『血』とか『家族』っていうのが僕にとってはすごく大事なんスよ。それがなくなったら僕は僕でいられなくなる。『私のアイデンティティがなくなってしまう。』――――結局なんだかんだ言いながら僕は『血』と『家族』、『一族』ってものに守られてると思うんスよね」
「俺の場合は刹那となっちゃんだけだけどね」
「ひでえ!僕は含まれないんスか?」

冗談めかして言うと彼方は何も言わずにっこりと笑った。
多分先ほどいったそれは本当のことなんだろうと思う。今までに何度かそういってるのを聞いたことがあるし、二人を守るためにいろいろと努力をしていることもよく知っている。
そしてそこに自分が含まれていないことは、初めから知ってる。

「あーでももし世界に二人だけになって、死ぬと決まってるんなら最後は盛大に高いものとか食べたいな。誰も居ないんなら盗難だのなんだの取り締まる人もいないってことだし。あの駅前にあるケーキ屋のケーキとか残ってるだけホールで食べたい」
「なんかせこいな!!てかやっぱり甘いものなんスか!」
「いやー、そこはやっぱり譲らないだろう」
「ええー・・・」
「じゃあ瑞希は一体何が食べたいんだよ?」
「えっ、寿司とか食べたいっスね。いなり寿司。油揚げだけでも可」
「・・・本当に油揚げすきだよな・・・それは血なの?それともお前がすきなだけなの?」
「さあ。でも家族はみんないなり寿司すきっスよ」
そう答えると彼方は「やっぱり血かー」とつぶやきながら何度か納得したように頷いた。
「職人さん居ないから彼方作ってね」
「えー・・・めんどくさい」
「いや死ぬ前の最後の食事なんだからそんなこと言わずに作ってくれてもいいじゃないっスか!僕より彼方の方が料理上手なんだから」
「うっ、それを言われると弱いよなあ・・・まあもしそんなことがあったら腕によりをかけて作ってやるよ」
やれやれと言うように彼方が短くため息をつくのをみて、瑞希は嬉しそうに両手を上げてバンザイをした。
「やったー!約束っスよ!というかもう今からその約束果たしてくれてもいいっスよ。僕、夕飯にいなり寿司食べたい」
「いやいやいや、お前この会話の流れで行くとお前今日自殺する流れになるぞ!!早まるな!!」
「そうか!しまった!!ううー・・・そっかー・・・折角食べれると思ったのにー」

あからさまにしょんぼりと机に額をひっつける瑞希。
しばしの間沈黙があった後、彼方が「今日、夕飯手伝うなら作ってやるよ」とつぶやいたのを瑞希は聞き逃さなかった。

「本当っスか!」
ぱああと顔を輝かせる。夕飯に困っていたのは事実で、家族がみんな今日は夕飯時には帰ってこれないという話だったので、一人で食べるのは味気がなくて嫌だなあと思っていたのだ。
「ただし材料費は半額持てよ」
「了解っス!」
「あと宿題が全部終わるまでは買い物に行かないから」
「うっ・・・」
「スーパーが閉まるまでに間に合うといいな」
そう言いながら彼方はにこりと黒い笑みを浮かべた。
「まあ、間に合うようにするけど。・・・此処からはさらに手厳しくいくぞ」
彼方の表情から後の未来を想像して瑞希は少しだけ夕飯について後悔した。

 

それからなんとか宿題を終え、買い物に出た頃にはすっかり世界はオレンジ色に染まっていた。
「疲れた・・・」
「お疲れ。でも終わったからよかったじゃん」
「まあ・・・そうっスね」

うんしょっと瑞希は大きく伸びをする。
日が長いからまだ空は明るいが先ほど時計で確認した時刻は買い物に出るにはぎりぎりくらいの時間だった。

「結構遅くなっちゃったっスねー」
「まあ、油揚げくらいならまだ売ってるだろ、多分」
「ありますように・・・ありますように・・・」
両手を合わせて夕日に拝む瑞希の姿をみて「大丈夫だ」と彼方は笑った。

「そういやさっきの世界に二人だけになるならって話だけどさ」
「うん?」
「もし世界で二人だけになるなら俺は瑞希とがいいと思った」
「えっ!お気持ちは嬉しいけどごめんなさい」
「違う」
即答だった。しかも真顔で。
そんな即効で否定しなくてもいいじゃないかと心の中で少しだけ思う。

「じゃあなんで僕とがいいんスか?」
「だってお前とだったら俺は迷うことなく死ぬことができるから」

彼方はまっすぐと瑞希を見て、言う。

「他の誰かと居たら迷いが生じるかもしれないからさ。瑞希とだったら殺しあうこともなく、生きようと思う事もなく、迷わず死ねると思う。まあ守れなかったこととかそういう後悔はあるかもしれないけど、少なくとも死ぬことに対する後悔はもたなくて済む気がする」

そこで一呼吸を置いて、

「だから世界で二人だけになるなら瑞希とがいい」

ともう一度言った。

「・・・それは、また、光栄な話っスね」
「光栄といってもらえると変な感じがする話だけどな」
「まあ、でも何かしらの形で選んでくれたってことは光栄なことっスよ」

選ばれたということ。最後に僕を選んでくれるということ。
大切な誰かじゃなくて、僕がいいと言ってくれたこと。
それが死ぬためだとしても――――我ながら少しばかりずれていると思うけど。

「まあ、一応お礼を言っとくっス、ありがとう」
彼方はお礼を言われたことに少し戸惑ったようだが、少しだけ笑って、
「どういたしまして」
と返した。

 

それから先の会話は他愛もない世間話だったと思う。
買い物に行って無事油揚げを手に入れ、夕飯を彼方の家でご馳走になって、今日は泊まって行く気はなかったのであまり遅くならない間に家路についた。家に着くと家には灯りが灯っていて、玄関を開け声をかけるといつものように家族が迎えてくれた。
家族との会話はほどほどに、風呂に入り、疲れた頭と身体をを休めるべく早めに床についた。

 




その夜、世界に彼方と二人だけになる夢をみた。
僕らは迷わず共に、しかし二人別々の場所で死ぬことを選んだ。
そこに後悔も迷いもなかったと思う。

気がついたら僕はどこかの屋上に一人で立っていた。
空は雲ひとつない美しい青い空。
足元へと視線を移すと下は無機質なコンクリートの地面があった。

彼方に言われた言葉を思い出してみる。
喜ぶべきことではないんだろうなと頭では理解しているし、もしかしたら怒るべきところだったのだろうかとも薄ぼんやりと思う。

だけど僕は嬉しかったのだ。
だからお礼を言ってしまった。
あれは心からの感謝の気持ちだった。

 

もしも、があったとしても世界に誰も居ないのならばこれから先の未来はもう見えている。
友人はまだこっちにいるのだろうか、それとももう逝ってしまったのだろうか。
どちらでもいい。逝きつく所はどうせ同じだ。

僕は空へと足を踏み出した。

何故か不思議と怖くなかった。

 

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