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思うが侭に ただ 綴る

そのとき思った言葉を綴る場所
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スウィート・トッド


「伸びてきたね」


彼女の言葉は独り言にも聞こえたが、顔を上げたときぱちりと視線があったので、独り言というより俺に向けて発せられた言葉なのだろうということに気付いた。
「なにが?」と聞き返したのと前髪が目にかかってきたのはほぼ同時だった。すぐさま「ああ」と俺は短く納得して、「そういえば、伸びてきたかも」と言いながら目にかかってきた前髪をつまむ。そのまま何気なく引っ張ってのばしてみると、ちょうど目をすっぽり覆ってしまうくらいの長さがあった。

「しばらく切ってないからなあ」

あまり気になってはいなかったが、誰かに指摘されると気になってくる。
とりあえず適当なものでくくってしまおうと立ち上がり勉強の机の引き出しをあけてみるが、ヘアゴムは入っていなかった。そういえば前に瑞希がきたときに借りてくと言ったまま返してもらっていない気がする。一瞬、台所用のゴムでくくってしまおうかというよからぬ考えも浮かんだが前にやってひどい目にあったのでできることならそれにはお世話になりたくない。どうしたものかと思っていると、ふとはさみが目にとまった。

そうだ、切ってしまえばいいじゃないかとはさみを手にとったところで、

「後ろも随分伸びてる」
ぴったりと背後から声が聞こえたので驚いた。

頭だけ振りむくと彼女がいつもと変わらぬ無表情とも言えないことはない表情で、自分の後ろ髪を軽くひっぱっていた。
「脅かさないでよ」と少しだけ怒ったように言うと彼女はさして悪くもなさそうに「ごめん」とだけ言ってじっと俺の後ろ髪を見つめた。

「彼方」
「なに?」
「散髪しよう」
「えっ」

おれがそういうや否や彼女は俺の手からはさみを取り、「どうせ前髪を切ろうと思ってたんでしょう?ついでに切ってあげるから」と言いながら玄関へと歩いていってしまった。
多分伸びたといったころから彼女は俺の髪を切ろうと決めていたのだろう。それに都合良くのせられてしまった気もするが、あまり長い髪はすきではないし、何より彼女が切ってくれると言っているのだからありがたくその好意に甘えることにするべく俺は新聞と適当なビニールを物置に取りにいくことにした。




庭の木陰に持ってきた新聞紙を開いてその上に座る。
適当に物置からとってきたビニールを首に巻いてみたが、巻き方が悪かったのが先ほどから背中に切った髪の毛が入ってきてかゆい。
切り終わったら風呂に入ろうと思いながら何気なく物干竿に干してある洗濯物へをみるとはたはたと気持ちよさそうに揺れていた。この天気ならばきっと髪をきるころには乾いているだろう。そのまま空へと視線を移す。空はときどき小さな白い雲がながれてくる位でほぼ快晴といってもよいであろういい天気だった。

頭の上の方からちょきちょきとリズミカルな音が聞こえる。
髪を切ってもらうに当たってあまり短くしすぎないで下さいとは言ったのだが、どうなるのかは彼女の気分次第なのでちょっとどきどきする。


(まあ、初めて彼女に髪を切ってもらって以来そこまでばっさりと切られたことはないけど)


初めて彼女に髪を切ってもらったのは中学二年の夏だった。
皆で夏休みの宿題を何故か俺の家でやろうと瑞希に声をかけられて集まる予定が、声をかけた本人は夏風邪でダウンしてしまい、同じく誘われていたあづまは急用ができたとかで、結局俺と彼女だけが残った。せっかく集まったのだからと家の居間で2人で向かい合って黙々と宿題をしていた時。

ふと、彼女が計算をしていた手をとめて俺をじっとみた。

その視線に気づいて俺が手をとめて『なんかわかんない問題でもあった?』と問うと彼女はふるふると首を横に振ったあと『暑そうだなあと思って』と言った。

その頃の俺の髪は腰くらいまで伸びていて、くくろうにも量が多いし、くくったらくくったで重いし、肩はこるしで流石にそろそろどうにかしないと考えていたときだった。

『暑いよ。くくるとマシだけどその分重いから』と苦笑いしながら答えると彼女は何かを考えるそぶりをみせた後、『じゃあ散髪しよう』と言った。突然の提案に困惑する俺を無視して彼女は自身の筆箱からはさみを取りだした。『えっ?本気で?今から?』と問うと『うん』と短く答えてうなずいた後『短くするの嫌?』と首をかしげて俺に聞いた。

反則的にかわいかった。

元々短くしたいなあと思ってなかった訳ではないし、むしろ短く切ってもらえるならありがたいとも思っていたけど、そのしぐさがかわいかったものだから思わずうなずいてしまったというは正直嘘ではない。

人に髪を切ってもらうのは数年ぶりだったし、正直彼女の腕前もまったく知らないまま話を進めてしまったが、何故か不思議と安心できたのと思っていた以上に彼女は器用だったので結果としてはとてもよかった。
すっきりと短くなった頭を鏡で見ながら『うわーうわー!頭が軽い!涼しい!』と思ったことをやや興奮気味に告げると『でしょう。前々から彼方は短い方が似合うと思ってた』という言葉と同時にふわっと光に溶けるような優しい笑みが目の前に広がった。

それは今まで見てきたどんな表情よりも綺麗だった。

その後すぐに『あたしと付き合ってくれない?』と告白されて『いいよ。で、どこに行くの?』とマジボケをかましたり、キスされたり、なんか流れと勢いで付き合うことになったりしたわけなのだが、うん、今考えると勢いって恐ろしいと思う。




「髪、伸びたね」

ちょきちょきちょき。
俺がいろんなことを思い出していると彼女がもう一度そう言った。

「そうかな?自分じゃあんまりわかんないんだけど」
「伸びたよ。昔ほどではないけど」

ちょきちょきちょき。
俺はまた少し過去のことを思い出して、笑う。

「あの頃は切りたくても切れなかったからなあ。自分で切っても良かったんだけどなんかあれだけ長いともう切るのも面倒になっちゃってて」
「ふうん」
「だからきっかけをくれたなっちゃんに感謝してる。ありがと」
「どういたしまして」

ちょきちょきちょきちょきちょき。
彼女の口調はいつもと変わらないものだったけれど照れているのかはさみが少し早くなった。

「ねえ彼方」
「なに?」
「今更だけど、髪を切りたかったんだったら床屋にいけばよかったんじゃない?」

ちょきちょきちょき。

「床屋かー・・・あー・・・」
「?どうかしたの?」

ちょきちょきちょき。

「んー、実は俺、刃物を持った人間が背後に立ってるのが苦手なんだ」

ちょき。

はさみの音と彼女の手が止まる。

「・・・よく考えてみたら背後に刃物を持った人間がいるというのは怖いと思う、かな」
「でもなっちゃんは今、たまたま俺がそういったからそう考えただけで、さっき俺の話を聞くまでだったらそこまで床屋とか美容院はこわくないでしょ?」

彼女は少しだけ考えて「そうね」と答えた後髪を切るのを再開した。

ちょき、ちょき、ちょき。
音は変わらないけれどそのリズムは少しだけ乱れている気がする。

「昔いろいろあって、床屋であろうが背後にたたれるのが嫌なんだ。前に一度ちびのときにおっちゃんに連れてってもらったんだけどそんときも辛抱できなくって、床屋のおっさんを蹴っ飛ばして逃げた前科がある」

ちょき、「えっ」と短く彼女が驚いてまた手の動きが止まる。

「あれは本当に申し訳ないことをしたと思ってるし、以来床屋には行ってない」
「・・・そんなにだめなの?」
「うん」
「そう・・・」

それから彼女は再び切るのを再会したが口数はずっと減って、髪を切る音だけが静かに庭に響く。

ちょき、ちょきちょき。
もうすぐ終わりだろうかという頃になって「ねえ」と彼女が口を開いた。

「今、あたしは彼方の髪を切ってるけど嫌じゃないの?」
「うん、平気だよ」

ちょきちょきちょき、ちょきん。

「どうして?」


なっちゃんになら殺されてもいいと思ってるからだよ。


彼女には決して聞こえない声でそうつぶやいた後、俺はその言葉を砕いて丸めて「信頼しているからだよ」と無難な言葉を口にする。その答えをどう受け止めたのかわからないが「そう」という彼女の短い返事はそう嫌そうなものではなかった。
「終わったわよ」と言って彼女が俺の首のビニールを外す。「ありがと」と短く礼を言った後でぱたぱたと体についている髪の毛を新聞紙の上で落としながら、やっぱりこれは風呂に直行するべきだなと考えていると「彼方」と名前を呼ばれた。顔をあげると彼女の黒く澄んだ瞳と視線があった。

「・・・さっぱりしたね」
「うん、ありがと」

短く礼を言って笑うと彼女は少しだけ何かいいたそうな表情をしたが、やめて、変わりに「どうしたしまして」と言った。




髪の毛の落ちた新聞紙を片付けて、洗濯物を取りこんでるときふと冷蔵庫に食材が少なかったことを思い出した。何かを作れないことはないがせっかく彼女もいるのだし、何か買いにいこうと思い「夕飯作るけど何か食べたいものある?」と聞くと「食べていっていいの?」という言葉が返ってきた。
「いいよ」と答えながら、しまった予定聞いてなかった、と心の中で少し汗をかいた。彼女は少し考えるそぶりを見せてから「カレーが食べたい」と答えた。「カレーね。了解」と答えながら内心少しほっとする。

「なんか久しぶりに食べたいなあと思って」
「あー、確かにカレーって周期的に食べたくなるよね。調理楽だし、大概なんとかなるしすきだよ」

そういうと彼女は少しだけくすりと笑った後「そうね」と答えた。

「本当は床屋行けるようになるか自分で切れるようになるといいんだけどなー」
「その必要はないでしょ」
「なんで?」
「あたしが彼方の髪を切ってあげるから」

この先もずっと、と後からつぶやくような声で彼女がつけたした。その言葉には(だから、ずっと一緒にいてもいい?)という意味も含まれているような気がして、普段はいろんなことを勝手に決めて進んでいってしまう彼女が少し不安そうにつぶやいたのがなんだか新鮮で、とても愛しかった。

「ねえ、なっちゃん」
「なあに?」
「また髪が伸びたら切ってくれる?」

そう訪ねると彼女はほんの少し驚いた顔をした後、とても嬉しそうに目を細めて「いいよ」と言った。




「なんかちょっとプロポーズされた気分だなあ」
「あたしもそれに答えてもらった気分」
「えっ」
「これからもよろしく」

そういって笑った彼女の笑顔は、初めて髪を切ってもらった後のときのような綺麗な笑顔で。
かなわないなあ、と思いながらも全然悪い気はしなくて、俺は笑った。




2010.10.6 執筆
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