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思うが侭に ただ 綴る

そのとき思った言葉を綴る場所
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あなたとワルツ




「思い立ったら吉日っていうじゃない。だからわたし死んでみようと思うの」




それはまるで今から買い物にでも行ってくるというくらい軽い響きを持っていたので思わず私は「いってらっしゃい」と言いそうになってしまった。
彼女の奇行とも呼べる突発的な行動は今まで幾度となくあったし、もう自分も随分慣れてしまっていて、さほど驚かなくなっていたのだが、今回の言葉は流石に耳を疑った。

「えっ?」

思わずそう言うと彼女は近所にあるホームセンターのビニール袋から自らが買ってきたであろう丈夫そうなロープを出しながら

「うん?聞こえてなかった?」

と言ったあと、手をとめ私をみてにこっと笑い、

「死んでみようと思うの」

と再び言った。

「いやいやいや。そんな簡単に言われましても」
「方法はもう考えてあるのよ」

ふふんと得意げな表情をして彼女は先ほどのロープを見せる。
ロープを出してきた地点でなんとなくそんな気もしていたが、一応確認も兼ねて私は彼女に聞く。

「首吊り?」
「正解」

彼女は満足そうに頷いてにこりと笑った。その笑顔がまた今から死のうとしているだなんて信じられないくらい眩しい笑顔だったので、私は目を細めるついでに眉間にしわを寄せた。
彼女の奇行がいつから始まったものなのか私は知らない。
ただ出会った頃から彼女はすでにこんか感じにぶっとんでいたし、言動も行動もほとんど予想できないことばかりだった。初めてあった頃こそ驚いてもいたが、7年、それも毎日顔をあわせて付き合っていれば嫌でも慣れる。





私と彼女の出会いは7年前、私が初々しい中学1年生の頃に遡る。
名簿順でたまたま彼女が私の隣の席に座っていたのが最初の出会い。
初めてみた彼女の感想は「美しい人」だったのが懐かしく思える。
彼女はクラスの中でも学年の中でもひときわ目立つ誰も文句のつけようのない美人だった(正確には「美人である」今でも外見の美しさはまったく変わっていない)。そのせいか初対面のときは同姓にも関わらずどきどきして、緊張したのを覚えている。元々人と話すことが得意ではない私がしどろもどろになりながらもなんとか名前を告げると彼女はそっと私の手を握りにこりと微笑んだ。それは天使のように神々しく美しい笑顔だった。これほどまでに美しい笑顔を見たことがあるだろうか。目の伏せ方、口の形どれをとっても美しくて、私はその眩しさに目を細めたくなった。

彼女の次の言葉を聞くまでは。

「ところで貴方はプロレスとか興味あるかしら?」
「えっ?」

美人から突然プロレスという似合わない言葉が出てきたため私は固まった。

「えっ?プロレス・・・、えっ?」

手を握られたまま私がなんと返答するべきか困っていると彼女はそのにこやかな笑顔を崩さないまま

「正確にはバックドロップというワザに興味があるかをお聞きしたいのだけど」

と言ったので私は更に困惑した。

一体この美人は何を言っているのだろうか。いや、彼女はとても美しいわけだから護身術の一つとしてプロレスのワザを知っていたとしてもおかしくはないはずだ。普通は空手とかなんだろうけどそこは彼女の両親が「平凡ではいかん」とかうんぬんでプロレス技を覚えるに至ったのだろう。だから彼女は私たちでも聞いたことのあるバックドロップについて聞いてきたのだろう。美人のたしなみの一つとしてバックドロップでも知っておかねばならないと思って。そうだ、きっとそうに違いない。そうだと思いたい。
そう困惑して意味のわからないことを考え始めた私を無視して彼女は言葉を続ける。

「わたしは前々から興味があって。でも家の者に試すにはどうにもこうにも身長も筋力も足りなくて・・・」

試す?何を?

気づいたら彼女は私の背後に回っていた。そしてぎゅう私を背後から抱きしめる。顔が先ほどよりずっと近い位置になり緊張のためか私の鼓動も自然と早くなった―――今思えばこれはこれから自分に起こりうる未来に対しての緊張だったのかもしれない。

「ですから、少し協力してください」

そういわれるが早いか、彼女はそれは見事なバックドロップを私にかましたのだった。



その強烈なまでの初めての出会いは、今思い出すだけでも首が痛くなる程度に鮮明だ。
運良く死ぬことはなかったが、わたしは頭を強打して気絶。数時間たってようやく意識が回復した私に彼女は「ごめんなさい!ごめんなさい!」と目いっぱいに涙を浮かべながらしきりに謝ってきた。

「初めてだったから、加減を知らなくて・・・」

そういう問題ではなかった気がする。

しかし美しい人が私のために(まあ彼女のせいであるとはいえるのだが)泣いているという状況はなんだか少し嬉しい気がしたわけで。私は彼女に「気にしないで」とやさしい言葉をかけた。その言葉を聞いて彼女は更に涙をぼろぼろこぼして「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り続けた。

「もういいよ。まあ、私もバックドロップに興味はないって声をかけとけばよかったんだし・・・」
「・・あの・・・」

彼女の瞳が私を映す。涙でにじんだ瞳はとてもきらきらしていて綺麗だなとぼんやりとした頭で私は思った。

「・・・わたしと、お友達に、なっていただけ、ませんか・・・っ?」

このタイミングでそれはない。

今だったら問答無用でそう突っ込むがその頃の私はまだ若かった。だから突然の申し出に対して若干の違和感を感じながらも「いいよ」と答えてしまったのだし、美人のその潤んだ瞳の奥にある狂気ともいえるであろう存在に気づくこともなかった。


こうして私と彼女は出会い。友達になった。





そして現在、目の前で彼女は鼻歌を歌いながら天井からロープをつるしている。
なんというシュールな光景だろう。そう思いながらも私は黙ってそれを眺めていた。彼女には不似合いなごつごつして荒いロープを彼女はこれまた美しい声で唄を歌いながら結ぶ。

「よーし、できたー」

完成した物を満足そうに眺めた後、子どものように万歳をして喜ぶ彼女。部屋の中央にぶら下げられたそれはまるで一つの芸術作品のようにも見えた。

「あのさ」
「ん?なあに?」

くるりと彼女が振り返る。

「ここ、私の家なんだけど」

そう声をかけると彼女はぱちぱちと何回か瞬きをした後、「そうね」と言って頷いた。
それは声にはなっていないが(知っているわ、それがどうしたの?)と問うような響きが含まれている。
わたしは、はー、と短くため息をついた。

「人の家の敷地で自殺すると親族に罰金が科せられるって知ってる?」
「えっ?」

それは初めて聞いたというような声と表情だった。

「あと、首吊りは死体が汚いらしいからやめたほうがいいよ。身体の穴という穴からいろいろな液体をこぼして死ぬんだって」
「・・・・・・それは美しくないわねえ」
「それに後から掃除するのが面倒だし大変だから勘弁して」

私が本当に迷惑そうな顔をしていうと、彼女はうーんと考え込むようにして、

「掃除が面倒ということを考えると飛び降りも切腹も美しくないわねえ・・・。焼身は割と綺麗に死ねると聞いたことがあるけれど、最近は焼却炉なんてほとんど存在していないし。かと言って服毒も毒を調べるのが面倒だし、入手には時間がかかりそう。入水するには海はまだ寒いし」

死ぬというのに寒いも何もないだろうと思ったが、そこは突っ込まずに私はことの成り行きを眺めることにした。

「うーん、やっぱりやめようかしら」
「それがいいと思うよ」

そういって私が頷くと「そうね。そうしましょう」と言って手を打って満足そうに微笑んだ。鼻歌を歌いながら先ほどとは逆の順番でロープを解いていく。
私はその光景をやれやれといったようにため息をついた。
ふと彼女がはなうたを歌うのをやめた。彼女の視線の先には先ほどまで天井に括られていたロープが握られている。



「ねえ」
「んー?」
「わたしが死んだら悲しい?」

私は少しだけ考えた後、

「悲しいよ」

と答えた。

彼女はその答えを聞くと「そう」と言ってとても穏やかに微笑んだ。
それはとても嬉しそうな笑顔だった。
7年という長いような短い年月に凝縮された彼女との時間に、私は彼女の笑顔には種類があることがなんとなくわかった。本物の笑顔とニセモノの笑顔。わたしのこのなんとなくが当たっているのならば、先ほどの笑顔は多分本物の笑顔だと思う。
今も昔も私は彼女の笑顔に弱い。
彼女が毎日のように繰り返す奇行についつい付き合ってしまうのもきっと、彼女の笑顔に魅せられているかだと思う。
だから死なれては困るのだ。私は彼女の外に貼り付けられたニセモノの笑顔なんて欲しくない。内側からにじみ出ている様な本物の笑顔がほしい。
生きて笑う彼女の傍にいたい。

「ねえ、いいこと思いついた」
「今度は何を思いついたの?」

彼女が目を細めてふんわりとやさしく微笑む。これは本物の笑顔であるが、あまりよくないことを考えているときの笑顔だ。

「付き合ってくれるかしら?」

私の答えがいつもと同じことを知っているくせに。
彼女は毎度私に問う。そのときの彼女の表情が少しだけ緊張していることに気づいたのはつい最近のことだ。不安なのだろうか、私に断わられるかもしれないと。

普段あれだけ自信満々で意味のわからないことを繰り返しているくせに。

そう思いながら私は少しだけ笑った後、


「貴方が望むならば、付き合いましょう」


と芝居がかった口調で言った。
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