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思うが侭に ただ 綴る

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ネガティブハッピーエンド




「ねえ、思い立ったが吉日っていうじゃない。だから私、今日死んでみようと思うの」




大学での講義を終え、昼食はなんにしようかと冷蔵庫の中身のことを考えて部屋に帰ってきたあたしに言った彼女の第一声はこれだった。

そう言った彼女の表情は陰鬱としたものとはかけはなれている明るい笑顔であったし、その言葉には「ちょっと買い物にでもいってくるわ」というような軽い響きがあったので、あたしはうっかり「いってらっしゃい」といつもの調子で返してしまいそうになった。

「ある意味洒落にならんわ・・・」

ぼそっとつぶやくと、彼女はあたしの方をみて「うん?何かいった?」と不思議そうな顔をした。

「なんでもない」

そうと短く返し、ぱたぱたと手を左右に振る。彼女は「そう」と短くいうと買い物袋から人が一人ぶらさがっても大丈夫そうなロープずるりと取り出した。

首吊りでもするつもりだろうか。

あたしは心のなかで面倒なことになったと思いながら荷物を降ろし、床に座って彼女を観察することにした。
いつものことではあるのだが、彼女はあたしが居ようが居まいが関係ない様子で、鼻歌交じりにロープで輪を作り、ときどき自分の首にかけて「こんなものなのかしら?それとももうすこし輪が広いほうがいいのかしら?」などつぶやき、結んでは首にかけ首にかけてはほどき、ほどいてはまた結び首にかけるという動作を繰り返していた。
それは一見ブティックで女の子がどんな服が似合うのかしらと考えながら試着している姿に似ていた。
ただ、彼女が持っているのはやわらかそうな生地で出来た可愛らしいワンピースではなく、硬そうで荒く無骨なロープであり、それがかなり奇妙な空気を生み出していた。

ふと、あたしはその奇妙な光景に違和感を感じないことに気づいた。

どう考えてもおかしいはずなのに、彼女がやっていると不思議な事に何もおかしいことに見えないのだ。やれやれ面倒なことになったな、とは思っているが別段彼女の行動を止めるわけでもなく、怒るわけでも泣くわけでもなくあたしはただ見ていた。
それは彼女とのけして短くはない付き合いの中での培われてきたものなのだろうと思う。
流石に死んでみようなどということはなかったが、それ以外の奇行と呼ばれそうなことは一通り彼女は行っている気がするし、あたしはそれに付き合わされた気がする。
彼女が行ってきた奇行と呼ぶにふさわしい出来事を少しだけ振り返ってみたが、頭が痛くなってきたので考えることをやめることにした。

「できた!」

ようやく納得する形に結び終わったらしく彼女は満面の笑みを浮かべた。しばらくの間それをみてにこにこしてはぎゅっと抱きしめてみたり少しほつれたところを整えたりして、それが終わると椅子を使いロープをかける。
昼間の白い光のがあふれる部屋の中央にぶらさげられたロープはまるで芸術品のようだった。

そして窓を背にそのロープの輪に彼女が首を通そうとした。

「ねえ、何でそんなことしようと思ったの?」

彼女があたしを見た。
死のうとしているはずなのに彼女の瞳には絶望とかそういう類の負の色がなかった。

「なんとなく思い立ったから」
「・・・まあ、今までの経験上あんたのことだからそういう答えでもありかなとは思うんだけどさ。でも今回はなんとなくだけでは絶対にないと思う。人が死んでみようと思うには何かしら死んでみようと思わせた理由があると思うのよね。その結果「なんとなく」だとしてもそれ以前に何かしらそのなんとなく思うようになった理由があると思うわけよ」
「・・・・・・」
「あたしはその理由を知りたい」

しばらくの沈黙のあと彼女は「そうねえ・・・」と言った。

「必要ないかなあと思って」
「必要ないって?」
「教室で授業を受けてて、ふと私が此処からいなくなったらどうなるだろうって考えてみたのよ。突然いなくなったとしたら多少騒ぎになるかもしれないけど、初めから此処に居なければ何にも変わらないんじゃないのかなと思って。私は世界的に有名な人間でもないわけだし、少しは有名かもしれないけれど、此処で私がいなくなったところで何にも変わらないのならいてもいないのも一緒なんじゃないのかなあと思ってね。早々そんな影響を与える人間っていないとはわかっているのだけど、それでも私が存在していたいと思う理由が揺らいじゃったのよね」
「・・・・・・」
「そのときに『そうだ、死んでみよう』って思ったのよ。思いついたことは今までほとんど実行してきたし、今回もその流れでというのもあるわ。未練がないと言えばないこともないのだけど、それは今『死んだらどうなるのだろう』という興味以上に惹かれるものではないわね」
「・・・なるほど。よくわかった」

あたしがゆっくり頷くと彼女は「わかってもらえればよかったわ」といってにっこりと笑ってロープに首を通した。

「あっ、あと、もう一つ言いたいことがあるんだけど」
「なあに?」
「此処、あたしの家なんだけど」

それは彼女にとって予想もしていない言葉だったらしく、彼女は目をぱちぱちさせたあと、「そうね」と言って頷いた。(知ってるけど、それがどうしたの?)という疑問が瞳に浮かんでいた。やっぱりなあ、と思いながらあたしは一つため息をつく。

「人の家の敷地で自殺した場合親族に罰金が科せられることって知ってる?」
「えっ」

それは初めて聞いたというような声と表情だった。

「それは初耳だわ」
「だろうね。いつもあんたはそういうことを一切考えたり調べたりせずに実行するから。ああ、そうだ、首吊りするんだったら目隠ししてもらえる?なんか目玉とか飛び出すらしいしそんなトラウマになりそうなもの見たくないから」
「わかったわ」
「あと、首吊りするんだったらトイレにいっておいた方がいいよ。あと胃の中もなるべくからっぽにしておいてね。身体の穴という穴からいろんな液体が出るらしいし、嘔吐物とか排泄物とかあたしは絶対に掃除したくないから」
「それは嫌ねえ・・・まあ私としてもそんなもの撒き散らす迷惑は最小限に抑えておきたいし行っておこうかしら」

そういって彼女が縄から首を外し、床へと降りる。

「あと首吊りって失敗して縄が切れたりすると脳細胞の破壊により重篤な脳障害を起こしたりするケースがあるんだって。脊髄尊攘なんてことになればさらに後遺症を悪化させる原因になる」
「大丈夫よ。前に実験として木に括りつけて紐にぶら下がってきたとき切れなかったから縄については心配ないわ。それについては失敗しなければ何も問題がないわ」
「首吊りは早い間に救出できればほぼ後遺症を残さずに生き残れる可能性がある」

そこで彼女が少しだけ驚いた顔をしてあたしをみた。

「ただし、5分を超えてからは様々な後遺症を残す可能性がある――――ほら、あたしもたもたしてることがあるから5分以上かかっちゃうかもしれないじゃない」
「・・・助けてくれるつもりなの?」
「まあ、あたしの部屋で死なれると後々いろいろと面倒だしね。借家だしさ」
「もう!私を心配してくれてるわけじゃないのね」

そういって彼女は怒ったふりをした後で楽しそうに嬉しそうに笑った。あたしも少しだけ笑う。

「あーあ、もうなんかどうでもよくなっちゃった」
「そう」
「今度考えるときはもう少ししっかり調べてから試すことにするわ。いつもみたいに私が自分で後始末をできるものではないわけだし。どう転んでも誰かしら他人のお世話にならなくちゃならないみたいだから」
「まあね。とはいえこの世の中、協力者を募れば誰かしら手伝ってくれそうな気はするけど」
「私、他人に世話になることってあんまりすきじゃないのよねえ・・・ほらそれに死んだあとでちゃんとやってくれるかってわからないじゃない。まかせるにしてもある程度信頼の置ける人物にまかせたいところだけど、信頼のおける人物にそんなことを頼むのもまた気がひけるし・・・はあ、何か効率がよい死ぬ方法ってないのかしら」
「大往生すればいいんじゃない。愛すべき家族に見守られ、これといって苦しむこともなく、ハッピーエンド!って感じで死ねるよ。多分。」
「そうねえ・・・ちょっと考えてみるわ」

そういって彼女がにっこりと微笑んだところでどちらともなくぐううと気の抜けた音が聞こえた。あたしは昼食をなんにしようか考えながら家に帰ってきたことを今更思い出した。

「あー・・・冷蔵庫の中に何あったっけなー」
「んーと、卵とキャベツと人参と豚肉と玉葱とチーズ、あと冷たいご飯と調味料がいくつかだったかしらね」
「・・・人んちの冷蔵庫を開けたんですか」

そういって冗談交じりにじろりと彼女を睨むと彼女はぱちぱちと可愛らしく瞬きをしたあとで「ええ」と言ってにっこりと微笑んだ。それがさも『当たり前でしょ』という響きをもっていたのであきれてしまった。願わくば他の人様の家ではやっていませんように。

「・・・炒飯でも作るかな」
「いいわね。私貴方の作る炒飯すきよ」
「・・・食べてくつもり?」
「もちろん」

満面の笑みで答えた後「さあ、食事の前に片付けておかなくちゃね」と彼女は大げさに手をたたき天井にかけたロープを外し始める。あたしはやれやれという具合にため息をつき、彼女に背を向けて台所へ向う。

「ねえ」
「ん?」
「私がいなくなったら悲しい?」

思わず振り返ると彼女はロープを手にしたままじっとあたしを見つめていた。
子どものように純粋で透き通るような目をして。

「悲しいよ」

そう答えた自分がどんな表情をしていたのか、わからない。

「そう」

ただそういった後の彼女の表情は、とても美しかったから。
きっと彼女が望む表情をしていたのではないかと思う。

再び彼女がロープの片づけを再開したので、私も台所へと向った。冷蔵庫を開けると先ほど彼女が言った材料が静かに待っていた。冷えたご飯の量が2人分には少し足りなかったのでわたしは米をとぐことにする。温かいご飯で作る炒飯の方がおいしいと昔どこかで言っていたのを聞いたことがあるし、昼からの講義はもうないのだから多少時間がかかってもいいだろう。

彼女は文句を言うかもしれないが、その分とびっきりおいしい炒飯を作ろう。

できれば、彼女が死にたいと思ったことを忘れるくらいおいしいのがいい。



うっしと気合を入れてあたしは玉葱を刻み始めた。
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