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思うが侭に ただ 綴る

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POOLOOP(プーループ)


水の中がすきだった。
光を浴びてきらきらと光る水面。
音のない空間。


泳ぐことはあまり好きではなかった。
元来運動をすることが得意ではないということがあるのだが、それ以上に水の中にばしゃばしゃと音を立てる行為というのが嫌だった。
せっかく日常の騒音から解放されて水の中にいるのに、どうして水の中でもそれに近い物を聞かなければいけないのか理解ができなかった。
ただ、その時手足が生み出す無数の泡を眺めるのはすきだったので、いつもプールの時間は角の方に1人で沈んでそれらを遠巻きに眺めていた。


水中できらきらと日の光をあびて、水面へと上り消えていく泡はとても美しかった。
小さいころそれに触れてみたいと思い、バタ足をする友人に近づいていったことがある。
うっかり近づきすぎて顔面を思いっきり蹴られて、鼻血が出た。にがい思い出だ。
友人に蹴られた痛みよりも美しい青い水面がぽたぽたと赤で染まっていくことがつらかった。
幸いあまりひどい出血ではなかったのでその赤はすぐに水に解けて消えていったのでほっとしたが、一瞬でもあの美しい水面を汚してしまった事実が消えることはなく、その日からプールの時間になると少し悲しい気持になった。





夏の終わり、秋の初め。
夏休みも終わり人が消えた市民プールの角に私は一人沈んでいる。
水は少し冷たかったがすぐに慣れた。
夏のぎらぎらした日差しに照らされた水面はもうないけれど、秋の少しやさしくなった日差しに照らされた水面も私はすきだった。

目を閉じる。
きらきらした世界が見えなくなって、世界が真っ暗になる。
音がなくなる。ときたま聞こえるぽこという音は私が息をしている証拠。
うっすら目をあけると自分から出た泡がぽこぽこと水面に向かってあがっていくところだった。
ふれるとそれはするりと私の手器用によけて、さらに上へ上へと向かってゆく。

そして上にでた泡ははじけて消える。
私はそれを水中で眺めている。



プールからあがると監視員の青年と目があった。

「こんにちは」

青年はさわやかな笑顔でそう言った。

「こんにちは」

彼とはこの夏の間で随分と顔馴染みになっていた。



「ずっと沈んでいて浮かんでこないから何かあったのかと思いましたよ」

私が初めてその青年に出会ったとき少し困ったような笑顔でそう言われた。
突然そんな風に声をかけられたので少しだけ驚いたが、まあたしかにプール来て泳ぐわけでもなくときおり息継ぎに顔を出す以外はプールの底からほとんど動かないのだからそう思われても仕方がないかと思う。
今までにも数回「大丈夫ですか?」とか「何か落とされましたか?」とか聞かれたことがあった。
場所によっては曜日で監視員が変わったりするのでその度に「大丈夫です」と言ったり、一度答えたにも関わらずまだ気にかけてくれていて浮上する度に声をかけられたり、水中からでもわかるくらいずっと視線を送られたりするのがなんだか落ち着かなくて、どこかいい所はないものかと思っていたところにこの市民プールに出会った。
家からあまり近くないので頻繁にこれるわけではないのだが、人が少なく、監視員もこの青年ともう1人くらいしかいなかったので説明も一度で済んだ。
たまに視線を感じるときもあるが、「面倒な客がきたなあ」というようなものは感じなかった。
もっともこれに対しては思っているけれど青年たちが隠すのがうまいのか、私は気楽にプールに沈んでいることができた。



「泳がないんですか?」
「泳ぐのはあまり得意ではないので」

持ってきていたタオルでがしがしと頭をふきながら私は答える。
まだ暑いとはいえ、濡れたままでいるには少し肌寒い。

「泳ぐの好きなんですか?」

そう問うと青年は少し驚いた顔をした後で「はい」と答えた。

「泳ぐというか、僕はプールで浮いてるのがすきなんです」

青年はプールの方に視線を移す。
太陽の光を浴びてきらきらと光る水面。

「プールに浮きながらぼうっと空を眺めていると空や水や自分の境界が曖昧になって、全部溶けて、なんかどうでもよくなってくるんですよ」

「どうでもよくなるとは?」

「しなくちゃいけないこととか、考えなくちゃいけないこと全部溶けて、うーん、どうでもいいというか考えなくてもよくなる感じですかね。空とか水の流れみたいになるようになるかなあって」

「現実逃避ですか」

「そういわれるとなんかなんとも言えないんですけど・・・まあ、そうですね。課題とかが積み重なってくると無性にプールに来たくなります」

青年は困ったように頭をかいて笑った。

「あなたはどうしてプールに沈んでいるんですか?」
「水の底から水面をみるのが昔からすきで」
「なるほど。綺麗ですよね」
「あとはほとんどあなたと同じです」

きょとんとした顔をした青年に私は少し笑って「現実逃避です」と答えた。



青年と別れシャワーを浴び、着替えて私は市民プールを後にした。
日が傾いてきているが未だコンクリートは熱を持ちじりじりと足を焼く。
あと何回くらいあそこに通うことができるのかを指折り数えると、ちょうど片手いっぱいくらいだった。
夏が終わり秋がきて肌寒くなってくるとあの市民プールは来年の夏がくるまで封鎖される。

あの青年は来年もあそこにいるのだろうか。
それとももっとよいアルバイトをみつけてそちらにいってしまうのだろうか。
いてくれるとこちらとしては事情を説明しなくともよいので大変助かるのだけど。



今度プールに行ったときは彼が言ったように浮いてみるのも悪くはないかもしれない。
沈むのは得意だが、此処数年浮く努力をしていないから果たしてちゃんと浮くのだろうか。

少しどきどきしながら、私は家まで続く夏の道を駆け抜けた。




2010.10.5 執筆
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